「経済発展」するほど「貧困」が増えるのはなぜ?-1

世界地上平均気温(陸域+海上)の偏値より

 今年(2023年)の7月は、気象庁の観測が始まって、この120年間で最高の暑さだったそうです。
地球温暖化のスピードの激化を肌身に感じますね。
 地球温暖化をもたらす温室効果ガスであるCO₂排出の原因の一つに自動車があります。
 ここでは地球環境危機を生む「世界の構造」を「自動車社会」を切り口に考えてみたいと思います。と言っても、難しい話ではありません。

 私が大学を卒業して、カリフォルニアのサンタモニカ(ロサンゼルスの海岸寄り一帯)にある米国宝石学協会に宝石鑑定士の免許を取るために渡米したのは1976年、アメリカの建国200年のときでした。
 ちょうどアメリカでは前年にベトナム戦争が終結し、落ち着いた雰囲気になっていたのと同時に、なぜあのような大きな犠牲を伴う戦争をせざるを得なかったのかを多くの人が考え始め、内省的にもなっていました。

 60年代末からのヒッピー~カウンターカルチャーの空気も日常的にあり、物質以上の精神的価値を探して若者たちはコミューンで共同生活をしたり、ヨーガや禅を行じたりしていました。
 当時の若者の家の本棚には、必ずハーバード大学の心理学教授、旧名リチャード・アルパートであったババ・ラムダスのヴィジュアル精神世界探求本『BE HERE NOW』(1971年)と、現代社会の狂気を告発したイギリスのプログレ・バンド、ピンク・フロイドのレコード『THE DARK SIDE OF THE MOON』(邦題『狂気』1973年)があると言われていました。
 私も日本で縛られていた狭い価値観から解放されたかのように感じ、「カリフォルニアの青い空」の下、自由な生活スタイルを満喫していました。

 日常生活の中でも、日本とは全く違うアメリカの生活様式に驚くことは多かったのですが、最初にびっくりしたのはスーパー・マーケットの駐車場でした。
 一体どれほどの数の商品があるのか見当もつかないほどのスーパー・マーケット内部の広さもさることながら、スーパーの建物を中心に広がる駐車場の巨大な広さには驚きました。
 もし駐車場が混んでいて、スーパーの建物から遠い所にとめると、まずたどり着くまでが大変です。そして買い物のあとは、自分がどこに駐車したのかもわからなくなります。

ロサンゼルス フリーウェイ

 フリーウェイと呼ばれる無料の高速道路はロサンゼルスの場合、普通片道6車線です。
 東京あたりでイメージするような市内を走る鉄道や地下鉄は一切ありません。バスは運行していても、バス停に時刻表はなく、いつバスが来るのかは分かりません。ですからどうしても車に頼らざるを得ません。
 私もロサンゼルスに着いて早々に中古車を購入しました。自動車がないと、生活できない街なのです。
 そんなロサンゼルスは当時の私にとって、最も「経済発展」が進んだ町でした。

 長いこと、そういうところなのだと思ってきました。
 中学校社会科教師になってしばらくした1980年代中頃、NHKは『21世紀は警告する』というシリーズのドキュメンタリーを放映してくれました。
 21世紀まで残りあと10年を見越して、20世紀100年間に積み残したままになっている諸問題にスポットを当てた、とても素晴らしい番組でした。当時出回り始めたビデオに録画して、授業でもたびたび使うようになりました。
 その第6集は『石油文明の落日』でした。20世紀、人類が築いた石油文明とは何だったのかということを、アメリカと自動車の関係をテーマに、その限界に警鐘を鳴らした重厚な番組でした。(注1)
 そのアメリカ自動車社会の1つの典型として、私が住んだロサンゼルスが取り上げられていました。
 フリーウェイ上で車の火災が発生、炎上しても、すぐにハイウェイ・パトロールがやって来て処理をし、20分もしないうちに何事もなかったかのように車が通行を再開する様子、今でこそ日本でも見られるようになったハンバーガーショップのドライヴスルーが銀行の窓口業務にまで及んでいること、さらには車から降りずに、駐車場で車に乗ったまま参加できる教会のミサの様子など。
 そして視聴者は、ロサンゼルス・ダウンタウンのとあるビルの地下にいざなわれます。そこには今は閉鎖された地下鉄の駅の跡がありました
 実はロサンゼルスは、かつては全米でも有数の鉄道の発達した都市でした。1920年代には総延長1700㎞の世界最大の通勤電車網があったのです。パシフィック・エレクトリック・レイルウェイズという会社が運営していました。

 1925年、アメリカの自動車市場は飽和状態になっていました。6人に1人が自動車を持ち、自動車販売は公共輸送機関のない地方で辛うじて行われているだけでした。
 そこでGM(ゼネラル・モーターズ)は1936年から石油会社(スタンダード・オイル)やタイヤ会社(ファイアストーン)と手を組んで、この鉄道会社、パシフィック・エレクトリックの株を買収、経営権を手に入れた上で電車を廃止して、GM製のディーゼル・バスに置き換えていきます。
 やがて、交通渋滞に巻き込まれ、騒音と排気ガスをまき散らすバスから人々は離れていき、自動車を購入していきます。
 GMはロサンゼルスだけでなく、ニューヨーク、ボルティモア、セントルイス、ソルトレークシティ、ミネアポリス、オークランド、サンディエゴなど全米45の都市で同じように電車を廃止していきました。
 1955年ごろまで全米の路面電車網の88%が撤去され、バスが導入されます。1956年、年間170万台だったGMの自動車売り上げは、番組放映の1985年の時点で500万台を超えていました。
 自動車は「あれば便利なもの」から「無くては困るもの」へと変わっていったのですね。
(続く)

2023.8.25 

(注1)NHK特集『21世紀は警告する 第6集・石油文明の落日』 (NHK 1984年放映)