中学・高校生がこの大著の真価を分かり切るのはなかなか大変な話でしょう。しかし、凄いものを読んだという、その感慨は自分の内側にいまだに生きていて、自分の大切な一部になっています。
たとえ、すべてを理解するには難しくても、自分がその存在をかけて人間と世界に横たわる問題に真っ向からぶつかっていったんだという体験をするだけで、「古典」と呼ばれる書物にぶつかることは、とても意味のあることだと思います。
それは「畏敬」の思いを育てます。
戦後すぐの中学校を卒業、女学校には進学させてもらえず、働きに出た私の母は、いつも勉強したがっていました。
その母が、私の『ジャン・クリストフ』と同じころ読んでいたのが、同じロマン・ロランの『魅せられたる魂』でした。母も夢中になって読んでいました。
そのロマン・ロラン(1866~1944)が実は、第一次世界大戦の時に徹底して反戦思想を貫いたということを知ったのは、恥ずかしながらつい最近のこと。
第一次世界大戦(1914~1918)は国全体の工業や生産力を巻き込んでの最初の総力戦でした。
フランス・ドイツは典型的な国民国家で、強い愛国心・ナショナリズムを持っていました。そしてフランスで550万人、ドイツで600万人の死傷者を生みました。
ロマン・ロランはフランス人でありながら、「ジャン・クリストフ」のモデルはベートヴェンだったということからも分かるように、フランスとドイツ両国の文化・思想を同じように深く理解し、愛していました。その両国が戦火を交えたのです。


ロマン・ロラン(1915)
加藤周一氏は、第2次世界大戦については「対ナチズム」という人道主義的な側面があり、連合国側はまとまりやすかったのですが、第1次世界大戦は完全に帝国主義国同士の戦争、つまり自国の利益のための戦争であり、だから愛国心のための戦争になりやすかったとのこと。そのような時、フランスやドイツで「戦争反対」を唱えるのは極めて難しかったといいます。(注1)
フランスでは、和平への呼びかけを進めていた第2インターナショナルの中心であった、社会主義者ジャン・ジョーレスが暗殺されて以来、戦争反対勢力はほとんどなくなりました。
その中で、フランス・ドイツを超えて反戦を唱えるロマン・ロランはフランス国内の反ロラン的雰囲気により、出国していたスイスから帰国できなくなります。
イギリスでは、哲学者バードランド・ラッセルが反戦の立場を明確にしますが、彼も投獄されます。
ロランの考えはこうでした。
フランスなり、ドイツなりが、自国の価値・伝統・思想に重きを置こうとすると、それは他国とのあいだに対立を呼びます。それは「特殊主義」です。
ロランはその特殊主義を超えて、フランスにとってもドイツにとっても通用する人間的価値を強調しようとしました。「普遍主義」です。
その一つの国の価値を超えた、普遍の人間的価値とは何かを確かにするために、ヨーロッパの文化人・思想家のみならず、インドの詩人タゴールやガンジーらとも交流、東洋の文化や哲学に対しても深い理解を示していきます。
彼はガンジーも、ただ研究したのではなく、ガンジーから学んだのです。
当時のヨーロッパ人としては稀有な、思想家・作家・詩人として偉大だったロマン・ロランでしたが、ロランにもないものがあったと加藤氏は言います。どんな素晴らしい人でもないものはあります。

第1次世界大戦の塹壕戦
「おれは戦争がきらいだ。だが、おれはフランス人だ。そしていま、フランスが攻撃されている。国家はおれを必要としている。だから、おれは行く!」
非の打ちどころのない参戦の理由。心情的にも、倫理的にも。
しかし、この理由で戦場に行った多くの若者たちが、その命を散らしていったのです。
第1次世界大戦の後も、多くの戦場で戦った若者たちは、なんのために戦っているのかが、やがて分からなくなり、生きて帰ってきたとしても、精神的に破綻をきたしていったのはご承知の通りです。
戦争に行こうとしている彼に、なぜ戦争が始まったのか、この戦争はどのような世界の構造の中で起きているのかを伝えてあげることはできないでしょうか。
その後の生徒たちの感想には
「どうして戦争なんか続いているのか不思議です。戦争をして幸せになる人は一人もいないのに」
という内容のものがよくあります。
かつては僕も「そうだよねー」という反応をしていました。
今は、「本当に幸せになるかどうかはわからないけど、戦争をして儲かればいいと考える人たちがいる、つまり残念だけど戦争をしたがる人たちがいるんだよ」ということは言うようにしています。(注2)
中学校では、2年生の歴史と3年生の公民の授業を通して、現代社会の出来事の奥にある世界の構造を学んでいくことになります。現代の世界の構造、それは資本主義の構造です。
山本美香(1967~2012)
人間の心が、他の幸福を願うことから、自分の目先の利益のことだけ考えることに堕ちていったときに、現在の資本主義の構造の中では、世界に何が起こってしまうのか、それを学んでいくということです。
これは今まであまり学びとして、考えられてこなかったかもしれません。
いまも、世界のどこかでは必ず戦争が起こり、交戦中です。
それだけでなく、日本でも軍事関連産業が喜ぶような施策が多く取られては、戦争は何があってもしてはいけないという空気が薄れ、逆に私たちの平和を求める声と自由すらも奪われる危険性が現れ始めています。
だからこそ、目には見えづらい世界の構造を見てゆこうとする意志を育てることが、どうしても必要になってきますし、教師としては、ロマン・ロランを受け継ぐ意味でも、若い人たちのその意志をどう育ててあげるかが切実な課題になっていくと思います。(注3)
2026.2.25
(注2)「稲山嘉寛日本鉄鋼連盟会長(新日鉄製鉄会長)は記者会見で『どこかで戦争でも起きて、日本へ注文がどっと何千億円もはいらないとだめだ』と発言。『日本の経済は朝鮮戦争、ベトナム戦争で注文が舞い込んで発展した。しかし、もう戦争はなく、急激な需要が日本には来ない。だから日本経済は難しいことになっている』という。最近は『不況から脱するには戦争しかない』といったことを口にする経済人がときどきいる」朝日新聞 1977.11.16
(注3)「目には見えづらい世界の構造を見て」いくことについては、2023年8月~9月のブログ記事「『経済発展』するほど『貧困』が増えるのはなぜ? 1~2」も参考にしてください。
