ある韓国ドラマの一シーンを、何かの拍子に10分間ぐらい見ました。
美しいが寒々とした服装の少女が、中年の会社員の会話・生活音をスマホを通して盗聴しています。画面はほの暗く、BGMもほとんどなく静かで、話もゆっくりと進行している感じ。
「これは趣味じゃないなあ」とすぐに切りました。
ところが、同じ時間帯に放映されているそのドラマに2,3回遭遇するうちに、はまってしまいました。
少女は唯一の肉親である耳の聴こえない祖母を、高利貸しの暴力から守るために正当防衛でその男を殺し、その後その息子に多額の借金を抱え、かつ日常的に暴力を受けていました。
会社員は、以前より知り合いの後輩が社長をする会社で、常に嫌がらせと圧力を受け、あろうことかその社長と自分の妻が不倫関係になってしまっていました。
苛烈な社会の中で痛めつけられ、「人生の寒さ」に耐えているような2人が出会う中で、思いもしなかった方向へ話は展開していきます。(2人に「性」の関係はありません)2人はそれまで地獄としか思っていなかった人生に、希望を甦らせていくことになります。
何によって、希望が甦っていったのか。
ぼくは映画『ベンハー』を思い出していました。ベンハーは今まさに磔(はりつけ)にされようとしているイエスと会うことによって、人間の最も深いところにある「本質」に触れて決定的に癒され、人間が変わってしまいます。
それがこのドラマでは、双方向で起こっていました。文字通りの「魂の癒しと再生の物語」でした。
韓国ドラマは何て凄いんだろう。大きな衝撃でした。2人の息を吞むような演技力にも圧倒されましたが、それしてもタイトルは『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん』ですよ、垢ぬけなさすぎでしょ。
日本で配給したシネ・カノンの李鳳宇(リ・ボンウ)さんが隣に住んでいて、韓国で600万人を動員、終了後多くの人が号泣していたという話をしてくれて、では…と有楽町の映画館まで出かけていきました。
見終わってあまりの衝撃で立てなくなりました。映画は好きで多くの映画を見てきましたが、感動の質が全然違う。
韓国諜報部員と北朝鮮工作員の男女の悲恋を横軸にしていますが、作品の中心を縦に貫いているのは、韓国の人たちの、南北に分断されてしまった祖国への思いです。引き裂かれた人々への「祈り」のような切実なリアリティに「魂」が痛打され、帰りの電車の中で泣けて泣けて仕方がなかったほどです。ドラマに関して言えば、年間何本製作されているかは分かりませんが、驚異的なクオリティの高さだと思います。その理由を考えてみました。
◆若い世代向きの日本のテレビドラマと違い、扱うテーマが日本ではタブー視される特定の政治、現代史、企業、医師、警察、弁護士(検察)などを主題にしたものが多く、社会意識の高い視聴者にもアピールするものになっています。
◆脚本が素晴らしい。時間がたっぷりかけて脚本が練り上げられ、この場面のこの人にこう言ってほしいと思う、正にその言葉が出てきます。情感を、頭で考えた概念化した言葉ではなく、情感が現れる背景を理解し、共感した上で表現できるということでしょう。脚本家の7~8割が女性で、視聴者の感情をうまくコントロールできる深さと賢さを感じます。
◆俳優の演技力は信じられないほどの高さです。日本の作詞家・松本隆は、世界各国のドラマを見ているが、韓国ドラマの水準の高さには目をみはると語ったのち、数多い注目すべき俳優に上記『マイ・ディア・ミスター』主演のIU(アイユー)と、『ミスター・サンシャイン』や映画『1987ある闘いの真実』(2017)でも主演のキム・テリを上げ、後者を「怪物的な演技力」と讃えました。まったく同感です。
韓国は一時期、国の輸出コンテンツに音楽・映画・ドラマなどを取り上げ、演技理論としてスタニスラフスキー・システムを推奨しました。(「形で示す芸術」ではなく「役を生きる芸術」を開拓する)
結果、韓国ドラマのあとでは、日本のアイドル上がりの方の演技などは物足らなくなることがあります。(ファンの方、ごめんなさい)
◆そして、何よりドラマ全編にみなぎる人間性への信頼です。違う言葉で言えば、世界は必ず自分たちの力で良くすることが出来るという確信です。その肯定的な感情の温かさが、どんなに暴力シーンのある作品でも、切ない悲恋物語の作品でも、その根底に流れています。
韓国は長らく軍事独裁政権が続き、光州事件(1980)以来の民主化運動の中で、多くの方が犠牲になりました。そこから人々が立ち上がって勝ち取った今の人権であり、表現の自由であり、民主主義でした。
ですから、韓国の多くの人々は、人間はその本質において、今はまだ途上であったとしても、必ず時代を切り開くことが出来るという心の底からの確信を持っていると思います。それが韓国ドラマ・映画を見る人を元気にし、「希望」を与えてくれます。その見る人を元気にする力は、数多くの素晴らしいドラマを制作してきたアメリカをも超えています。
では、日本は?
残念ながら明治維新以後、私たちは、自分たちの手で新しい時代をつくることが出来たという体験をしていません。
戦後の平和と民主主義も、軍国日本が多くの人々を犠牲にした悲惨な戦争にたまたま敗北した結果、そこに現れてきてくれたものに過ぎません。
そして、軍国日本のDNAを持つ政府にはこの30年間以上国民に向き合った政治ができず、私たちは生活を踏みにじられ続け、立ち上がる術を知らず、心の中に「頑張っても、どうせどうにもならない」という「あきらめ」を育ててしまったのです。
ですから、日本でどれほど明るそうなドラマを作っても、根本が暗い。
日本の危機がその「あきらめ」にも現れていると思います。まず、それに気づくためにも、世界の文化・映画・ドラマ・音楽などに、自分から意識して触れるべきだと思っています。
2023.6.23