かつて主宰していたNPO法人のオルタナティヴ・スクールに、1年前から不登校になった中学3年生の女の子が来ました。
お母さんと共に面接を受けた彼女は黒い服を着て、長い髪を前に垂らし、顔を隠しているかのようでした。言葉もほとんど発しませんでした。
後で聞いたところによると、家では暴力こそ振るわなかったものの、壁に穴を開けたり、枕をカッターで切り裂いたりと大変な状況だったようです。
次回やって来た彼女に、私は映画「ベン・ハー」の抜粋を見せました。 この名作はベン・ハーの人生を縦軸に、イエスの生き方を横軸にした、人間の魂の救いの物語です。きっと彼女は心の奥深くで感じるものがあるだろうと思っていました。
彼女は家に帰るなり、
「あのね、『ベン・ハー』を見たの。ローマ時代のことが良く分かって楽しかった。ベン・ハーの生き方もすごいの! 来週も続き見るの。おもしろかったよ」
と堰を切ったように話したといいます。
その始まりで彼女は変わってしまいました。
髪の毛を上げ、明るい色の服を着、スクールに来ている生徒と楽しくお喋りし始めました。
絵が上手だった彼女は、2ヶ月後の夏休みの合宿で、
「私は、私と同じように苦しむ不登校の子を励ますためにイラストレイターになる」
と宣言しました。
再び学校に行き始め、自分で入試に学力試験のない都立高校を探して入学し、学び、今では宣言通り、アニメ制作会社で活躍しています。
私が勤務していた中学校を卒業していった当時3年生の女の子は、級友がみな自分のことを悪く言っているとしか思えず、クラスに入ることが出来なくなっていました。学年の先生方も彼女を扱いが難しいお荷物と見ていました。
保健室に出入りしていた彼女と親しくなった私は、ある日空き時間に評判の良かったドラマ『JIN-仁』のビデオを見せました。
火事で瀕死の重傷を負った火消しを、炎が迫り、自分の身が危ういにもかかわらず必死で救おうとする医師・仁先生の姿。見終わってふと見ると、彼女は涙を流していました。
自分を超えてでも人を救おうとする人の姿、その姿に感動する心が、自分の中にもあることに気付いて以来、彼女はずいぶん明るくなり、自分の家庭の大変な状況のこと、だからこそ思う将来のことなどについて話をしてくれるようになりました。
人間には、たとえ困難な状況にあっても、だからこそ困難な状況にある人たちを助けたいと思う心があります。
たとえ重い「人生の条件」を背負っていても、それを背負っていたからこそ、同じような「条件」を背負った人を励まし、支えたいと願う心があります。
そのことを映画やドラマは教えてくれます。
その映画やドラマが教えてくれる人間の生き方に感動し、自分もそう生きていきたいと思うとき、人は元気になります。
自分にも、そう生きていきたいという「願い」があると気づいたとき、人は甦るのだと思います。
その体験を、世界の国々の中でも最も自己肯定感が低く(注1)、自分の中に人間として素晴らしい力が既にあり、未来は変えることが出来ると体験させてもらってこなかった日本の子どもたちにさせて上げたいと思って社会科の教師をやって来ました。
その中で、感じてきたことを綴っていきたいと思っています。
2023.5.26
(注1)
文部科学省もよく引用するデータ「高校生の心と体の健康に関する調査」(国立青少年教育振興機構 2015)によると、「自分はダメな人間だと思うことがあるか」と質問したのに対して「そう思う」と答えた比率は、アメリカ45.1%、中国56.1%、韓国35.2%だったのに対して、日本は72.5%と断トツでした。
また、「私は人並みの能力がある」「私は勉強が得意な方だ」「自分の夢はいつかかなう」の割合も、日本が4か国中最も低いという結果が出ました。