「おれたちも、必ず日本のような国に、いつかなってみせる」

 民間ボランティア組織「アガペハウス」を主宰していたケン・ジョセフ氏が、日本人の仲間たちとヨルダン・アンマンの難民キャンプに支援に行った時の話です。
 地元の人たちがやってきて、訊ねました。
 「お前たちの国には、戦争をやりたくてもできない法律があるときいたが、本当か?」
 スタッフたちは顔を見合わせて、どうやら憲法9条のことを言っているらしいと思い当たり、そのことを説明しました。
 地元の人の一人は、おのれの決意を表明するかのような口調で言いました。
 「おれたちも、必ず日本のような国に、いつかなってみせる

ヨルダン難民キャンプ

 「日本のように・・・」という言葉が発せられるのは初めてのことではありませんでした。
 だが、途上国などで、それが用いられるのはもっぱら経済発展や、それを支える勤勉、効率などの話であって、憲法9条が引き合いに出されるとは思いもしなかっただけに、ジョセフ氏は驚いたと言います。

 しかし、本当はそう驚くことではないのかもしれないと、その話を聴いたジャーナリスト・筑紫哲也氏は思ったそうです。

 元参議院議員川田龍平氏は、1999年オランダ・ハーグで開催された平和市民会議に出席、会議で採択された「公正な世界秩序のための基本10原則」の1番目に、
  「すべての議会は、日本国憲法第9条のような、政府に戦争を禁止する決議を採択すべきだ」
という文章が入ったのを見て、凄いことだと感嘆します。そして、世界の平和を確立するために、憲法第9条を広く伝え、守ることがとても重要なことになってきている、と続けます。

 多くの外国の方の憧れとなっている憲法第9条とはどんなものなのでしょうか、少し考えてみたいと思います。
 現在の日本国憲法は、戦前の、天皇が主権者であり、「神聖」であり、軍隊を指揮する統帥権をも持っているとされた大日本帝国憲法のあとを継いで、1946年11月3日(現在の文化の日)に公布され、翌1947年5月3日(現在の憲法記念日)に施行されました。
 GHQによる憲法改正の指示をうけてつくられた政府案が、戦争を起こすシステムとなった天皇主権の帝国憲法とあまりにも酷似していたので、業を煮やしたGHQが草案をつくり、戦後初の国会で審議を経て、可決・成立しました。その3本柱が「国民主権」「戦争放棄」「基本的人権の尊重」でした。

五日市憲法草案が発見された深沢家土蔵

 そのGHQ案は自由民権運動の時の「五日市憲法」や植木枝盛の「日本国国権案」なども参照し、民間の憲法研究会の意見も取り入れながらつくられたものでした。
 それは、アメリカ対ソ連の東西冷戦がはじまるまでの、戦後すぐのこの数年間でしかありえなかった、奇跡のように進歩的な憲法でした。

 憲法条文は全部で103条、そのなかの第1章「天皇」に次いで第2章「戦争の放棄」として出てくるのが第9条です。条文は次の通りです。

 第9条〔戦争の放棄、軍備および交戦権の否認〕
 ①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 ②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 簡潔で分かりやすい文章です。
 条文は2つの項目に分かれています。
 第1項では、希求するもの=国際平和、しないものは3つあります=国権の発動たる戦争、武力による威嚇、武力の行使

 嚇(おど)しすらしないと言っていますね。
 ここで「国権の発動たる戦争」の「国権」とは「国家権力」のこと。つまり、戦争をするのは国家・政府と言っているわけです。
 このことは前文でも触れられています。

 前文
 「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

 第2項では、保持しないもの=陸海空軍その他の戦力、認めないもの=交戦権
とあります。
 唯一分かりづらいのが「交戦権」という言葉かもしれません。
 これについて、少し説明しましょう。(注1)

 戦争になると、兵士は敵国の兵士を傷つけ、殺すことになります。
 非戦闘員、女性・子どもを殺傷しないというルールを守るならば、敵国兵士を殺し、敵国の財産を破壊することは、極端な言い方ですが、兵士にとってはまっとうな仕事です。
 もし、この時、人を殺して、戦争後に殺人罪に問われるということになると、仕事ととして割に合いません。
 このように、戦場で兵士が敵国兵士を殺しても、殺人罪に問われない権利、これを交戦権と言います。

 憲法第9条第2項は、その交戦権は認めないと言っているのです。兵士が戦場で戦う場合、こんなに困ることはありません。
 そのようなことを言っている憲法は世界でも珍しいと思います。軍隊を持たないとしている憲法は、中米のコスタリカ他いくつかありますが、交戦権まで否定している憲法は非常に稀です。
 第2次世界大戦で周辺諸国に多大の犠牲をもたらした日本としては、2度と戦争をしないという決意を表明するために、ここまで宣言するしかなかったのでしょう。

 このような憲法第9条によって、第2次世界大戦後80年間、日本は一度も戦争することなく過ごしてこれました。そのような国は世界196か国中、わずか9か国です。(注2)
 それだけではありません、憲法9条によって国外で人を殺すことがなかったおかげで、日本社会の中でも人を殺さないことが当たり前になりました。

 「人を殺さなければならないかもしれない」と思っている人はこの日本の社会にはほとんどいないでしょう。しかし、その「平和常識」は世界の常識とは違います。
 世界の常識は、いつか自分は「人を殺さなければならないかもしれない」です。
 だから、日本が世界の常識に合わせなければならないということはありません、世界が日本のような「平和常識」になりたいと思っているということです。

中村哲さん

 この憲法第9条がもし世界に広がっていっていたとしたら、世界の紛争・戦争が引き起こす悲しい現実はどれほど少なくなっていたことでしょう。
 残念なことに、いまは、9条を壊そうとする力に、抗議 Protest していかなければならない時代になってしまいました。
 でも私たちは、9条を武器にして世界の痛みに関わり、9条を世界に伝えようとした中村哲さんや、もと国連難民高等弁務官・緒方貞子さんたちの志を思い出し、日常の中から少しでもやれることをやっていきたいと思います。
 それが、日本人として生まれた私たちが本当にしたいことにつながると思うからです。

2025.12.25

緒方貞子さん

(注1)『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』ダグラス・ラミス 平凡社 2000年
(注2)Across the Universeブログ「世界196ヶ国中、9ヶ国。これ何かわかりますか?」をご参照ください。