日本が、その使命を果たすために―(2)

 日本と東アジア

 アメリカと単独の講和条約を結んだあと、日本が戦争中「加害」したアジアの国々との関係は、どうなっていくのでしょうか。 
 アメリカと同時期には条約は結ばれず、一つ一つの国との交渉によって戦争状態を解消していくことになります。

日中共同声明調印時の周恩来首相(左)と田中角栄首相(右)

 1952年にインド、1955年にビルマと平和条約を結び、ようやく1956年日ソ共同宣言によってソ連と、1965年の日韓基本条約によって韓国と、そして戦後27年たった1972年の日中共同声明によって、中国との国交が回復されました。(注1)
 
 特に、日本が最も大きな被害を与えた中国との交渉は大変でした。
 日本との戦争のあと、中国共産党と国民党との間で内戦がおこり、国民党は台湾に逃げて、共産党が新中国を建設することになります。
 この1972年の共同声明の時には、日本は台湾を独立国と認めず、大陸中国と台湾とで「一つの中国」であることを確認しました。
 その代わり中国は日本に対する莫大な額の賠償金を放棄したのです。
 次の時代を築くために、互いに譲り合ったということですね。(注2)

 長い時がかかりました。

 しかし、日本はある意味、政治的・軍事的にアメリカの子分になってしまったわけですから、軍事力を強化していった日本に対して、アジアの国々は常に警戒心を持つことになりました。
 しかも、朝鮮戦争でのアメリカからの軍事特需をきっかけに経済大国となっていく日本は、アジア諸国を、自国の経済力増強のための日本への原材料供給地、そして日本からの工業製品の売り先としか見なくなる傾向を持ちました。
 明治~戦中まで、アジア諸国を劣っているものとして見下し、侵略していったのと同じことを、戦後は経済において行ってしまったと言えるかもしれません。。
 それは、アジア諸国と豊かな信頼関係を築くことの失敗を意味していました。(注3)
  
 現在東アジアでは、多くの政治的困難が起こっていますが、戦争中大きな被害を受けた中国や朝鮮半島、あるいは東南アジアの人々が、日本を信頼してくれるかどうかによって、この地域の政治的安定は決まっていきます。
 その信頼を得て、初めて、日本の安全とこの地域の平和は可能性を帯びてきます。
 アメリカの子分のままで、中国・韓国・北朝鮮・ロシアなどと信頼を結ぶことができなければ、やがて日本は国際的に孤立し、地域の緊張関係は続き、最悪の場合は軍拡競争すら始まります。
 
 少し視野を広げてみれば、混迷極まる世界の中で、憲法第9条による平和主義を掲げる日本の持つ役割は、ますます大きくなるでしょう。
 かつて、スリランカ内戦が激しかった時、政府側・シンハリ人とゲリラ側・タミール人との間で秘密裏に平和交渉にあたったのが、北欧のノルウェー政府でした。
 互いに憎しみ合い、解決は困難と思われていた内戦の終結に歩み寄っていけたのは、仲介者がアジア・アフリカ地域を植民地支配したことのないノルウェーだったからこそだと言われています。
 そのような姿にこそ、アジアや世界の国々の中で、日本が果たすべき使命があるのは明らかです。(特に西~南アジアでの日本への信頼は、まだ厚いものがあります)

 その使命を果たし、日本の未来をつくっていくために、中国・韓国・アジア諸国が、もしまだ日本に対して、歴史からくる感情的なひっかかりを持っているのなら、日本から謝らなくてはなりません。
 「あんなに殺した。ごめんなさい、もうしません。見ていてください」

 もうずい分謝った、まだ謝らなければならないのか
 ―まだまだです。

 いつまで、謝らなければならないのか
 ―いつまでもです。
 相手を理解し、その痛みを共有し、支配・被支配の構造を終わりにするまでです。(注4)
「もう充分謝ってくれた、もういいよ、ありがとう」と言ってくれるまでです。

 日本と同じ、敗戦国のドイツについて、加藤周一氏はこう言いました。(注5)
 敗戦後のドイツは、ナチの侵略したヨーロッパ諸国、特に近接するフランスやポーランドとの和解・信頼関係の構築なしには、ドイツの未来はないことを理解していました。
 そのために彼らは、「何度謝ればよいのか」とつぶやく代わりに「過去の克服」に全力を挙げ、政府高官がナチ弁護の「失言」を繰り返す代わりに、ナチへの決別を自他に明確にしようと、あらゆる手段を取り続けてきました。(注6)
 そうすることによって、またそうすることによってのみ、ドイツとヨーロッパの未来は開けたのです。

2025.10.25

加藤周一(1919~2008)

(注1)この共同声明の中で、「日本国政府は、中華人民共和国政府(共産党政権)が中国の唯一の合法政府であることを承認する。」
「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」と明記されました。
また、言うまでもなく、北朝鮮との国交はまだ開かれていません。

(注2)ですから、中国が台湾に対して干渉した時に、日本は中国に対して武力を使うこともあるという意味のことを述べた今回の首相の国会答弁は、中国にしてみれば、最も大事な約束を踏みにじられたという気持ちになったとしても、無理はないと思います。

(注3) ODA(Official Development Assistance)による援助もありましたが、特に初期は、無償資金援助ではなく借款が主で、例えばダム建設などの場合は日本の企業がその建設を受注し、利益を得るような構造が多くありました。

(注4)辛淑玉 週刊金曜日2018年1月5日号

(注5)「新世界の希望、または『歴史意識』について」 「日中文化交流」第648号 日本中国文化興隆協会2001年、「加藤周一自選集10」岩波書店2010年

(注6)元ナチ高官の戦争犯罪人を何十年たっても、地球の裏側、南米あたりまで追いかけて逮捕するということも多くありました。現在もなお、追跡が続けられています。日本で、戦争犯罪人が釈放されて、政府の要職に就いたりしたのとはだいぶ違いますね。