普段は、ロック世代にも受けるリズム感抜群の指揮者カルロス・クライバーの音源を除いて、普段はクラシック音楽はほとんど聴かないのですが、友人への誕生日プレゼントで、一緒にヴァイオリン奏者 漆原啓子(うるしはらけいこ)とピアノとの二重奏コンサートに行ってきました。
ランチタイムだし、心と身体に優しい名曲を聴かせてもらえるのだろうと思っていたらとんでもない、前半はシベリウス、グリーグと北欧、後半がユダヤとスペイン音楽という、言うなればヨーロッパ辺境の民族的野趣に満ちた冒険的な選曲で、それが非常に面白かったです。
が、アンコールで演奏したアルメニアの作曲家バグダサリアンの「ノクターン」(1957)の余りの素晴らしさには呆然となりました。
美しく優しげなメロディに、私たちを生み出してくれた根源の世界への限りない憧れと、その世界からやってくる、すべてを許し受け入れてくれるような温かな霊妙さが満ちています。
まるで、この世界をどれほど悲惨な場所にしてしまっても、それでも人間の絶対的な本質を信じているよと言ってくれているかのような気がして目頭が熱くなりました。
こんな音楽があったのか、今の世界に最も必要な音楽じゃないか。
慌てて探し出したのがこのCD。漆原さんの録音はなかったのですが、ドイツのNAXOSがいいCDを出してくれていました。(注1)
1世紀には、キリスト教の布教が始まり(十二使徒聖ユダ・タダイ、聖バルトロマイが伝道し、殉教しました)、4世紀には世界初のキリスト教を国教にした国となります。
領土内にあったアララト山は、旧約聖書にノアの箱舟が漂着したと言われているところです。
のち、イスラム帝国の侵攻を受けたり、セルジュク・トルコ、モンゴル帝国、チムール帝国などの侵略が相次いで、国土は荒廃、10世紀には多くのアルメニア人が故国を捨てざるを得なくなりました。(ディアスポラ=民族離散)
17世紀からはオスマン・トルコとサファビー朝ペルシアに分割統治され、何世紀にもわたって2国のどちらかによって支配され続けました。
そして、あまり知られていませんが、第一次世界大戦中にはトルコにより100万とも150万ともいわれる大虐殺を被りました。
様々な大国に隣接する立地ゆえ、多くの侵略・支配を受けたにも関わらず、いやそれ故にこそ、アルメニアは独自の文字・建築様式などの文化を育て守っています。
音楽で有名なのは「剣の舞」のハチャトリアンでしょうが、このCDでは他にもコミタスなど20世紀の代表的作曲家の濃厚な民族色を持つ曲が聴けます。
そしてバグダサリアン。
これほどの音楽が地上に現れるには、多くの苦しみを味わった人々の心をその通路とするしかなかったということでしょうか。
漆原さんもどんな気持ちで、この曲を選んだのでしょう。
素晴らしい音楽を紹介してくださいました。ありがとうございました。
2024.7.16
なお、この記事は「週刊金曜日」2024年5月10号に掲載されたものに加筆しました。